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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)9324号 判決 1963年7月19日

事実

原告(反訴被告、以下単に原告という)川島正五は請求原因として、被告東京いすゞ自動車株式会社は、昭和三四年八月二〇日訴外東陽陸運株式会社が被告との間に締結した自動車売買契約に基づく右訴外会社の売買代金債務金二百八十一万一千四百八円の内金二百四十七万八千八百六十円の債務について原告の被告に対する連帯保証債務を理由として昭和三五年一一月頃原告所有の不動産に対し仮差押をした。しかし原告は被告に対し、右のような債務について連帯保証をした事実はないから、右連帯保証債務不存在の確認を求めるため本訴に及ぶ、と主張した。

被告東京いすゞ自動車株式会社は本訴の答弁及び反訴の請求原因として次のとおり述べた。

一、被告が原告主張のように原告所有の不動産の仮差押をしたことは認める。原告と被告間の連帯保証は二、三で述べるように有効になされたものである。

二、被告は訴外東陽陸運株式会社(以下訴外会社という)に、昭和三四年八月二〇日いすゞ型五八年式トラツク二台を左の約定で売渡した。

(1)代金、二百八十一万一千四百八円

(2)代金支払方法、内金二十六万円は契約と同時に支払い、残金二百五十五万一千四百八円は昭和三四年九月二〇日から昭和三六年四月二〇日迄の二〇カ月に亘り分割弁済する。

(3)右弁済を一回でも怠つた時は、買主は期限の利益を失い、完済迄残額について、金百円につき一日金十銭の割合による遅延損害金を附加して一時に支払う。

そして、同日原告は訴外会社代表取締役今泉順次を代理人として被告に対し、前記代金債務の履行について連帯保証をした。

三、仮りに、前記今泉が原告を代理する権限を有しなかつたとしても、今泉は訴外会社に関する登記登録の申請について原告を代理する権限を与えられており、前記連帯保証契約は今泉が右権限を踰越してなしたものであつて、被告において今泉に右契約をなす代理権ありと信じて同人と契約をしたものである。そして被告が右の如く信ずるに正当な事由があつた。すなわち、

(1)前記今泉と原告は平素から親しく信頼しあつており、今泉が訴外会社の経営を掌握せんとした際には、原告は常に今泉と行動を共にし、今泉が右会社の代表取締役になるとともに原告も取締役に就任し経営に干与していた。従つて原告と今泉が以上のような関係にある以上、訴外会社の目的である運輸業務を執行する必要なトラツクの購入の如き取引に関し、その代金債務を保証する事項について原告が代表取締役である今泉に包括的代理権を与えていると被告が信ずることは取引の通念上当然のことである。

(2)本件連帯保証契約の書面に押捺された原告の印鑑は訴外会社の登記登録申請用に使用するため今泉に預けられていたものであり、被告はこのことによつて今泉の代理権ありと信じた。

(3)訴外会社に売渡したトラツク二台にダンロツプ・タイヤの広告を塗装することについて、被告の係員は原告の女婿川島栄(原告が代表取締役をしている訴外土浦ゴム工業株式会社はダンロツプ・タイヤの販売を業とし、川島栄は同社の係員として交渉に当つていた。)と交渉の上、右広告の塗装をした上、訴外会社に右トラツクを納入した。この関係からも今泉の代理権を信ずるについて相当の理由がある。

四、訴外会社は、代金のうち頭金二十六万円と金七万二千五百四十八円を支払つたのみで、その余の代金について第一回の分割弁済期日たる昭和三四年九月二〇日からその支払をせず、特約により分割弁済の期限の利益を失つたので代金残金二百四十七万八千八百六十円、及びこれに対する昭和三四年九月二一日以降完済迄百円について一日金十銭の割合による約定損害金を支払う義務があるから、被告は連帯保証人である原告に右金員の支払を求めるため反訴に及んだ。

理由

(証拠)によれば、訴外会社は昭和三四年八月中旬頃いすゞ型五八年式トラツク二台を被告主張の約定で買受ける契約をしたこと、及び同月一七日訴外今泉順次は契約書の連帯保証人欄に訴外豊島武雄をして原告の氏名を記入させ川島名義の印鑑を押捺したことを認めることができる。

よつて右今泉が本件連帯保証契約を締結する代理権を有していたとの被告の主張について判断するに、(省略)これを認めるに足る証拠はない。

次に、被告の表見代理の主張について判断するに、(証拠)によると、

今泉順次が、訴外会社の経営を引受け、その代表取締役に就任する際、同人の依頼により原告は訴外会社の取締役に就任し、右会社関係の総会議事録の作成、又は登記の申請等の手続を履行するために今泉に原告名義の印鑑を調達保管させていた。前記契約書の原告名下の印影は右印鑑により押捺されたものである。

本件売買及び連帯保証契約を担当した被告会社品川営業所販売主任大島梓は、原告の信用調査をしたところ、原告は訴外会社の取締役の外訴外土浦ゴム工業株式会社の代表取締役をもしており、被告と訴外会社間の前記売買代金について連帯保証をする資力を有していることを知り、又前記契約書の作成に当り右大島は今泉から原告名下に押捺される印鑑は今泉が保管し訴外会社の登記申請等に使用されていたものである旨告げられた。

右大島は、今泉からの訴外会社に納入するトラツク二台に原告が代理店となつているダンロツプ・タイヤの広告の塗装をするよう依頼され、東京のダンロツプ・タイヤ本社に問合せたところ、同社の土浦地方の代理店である前記土浦ゴム工業株式会社(原告がその代表取締役である。)を介し、そのような通知を受けている旨連絡があつたので、トラツクの車体にダンロツプ・タイヤの塗装をして訴外会社に納車した。

との事実が認められるが、しかしこの事実のみでは未だ被告主張の表見代理の成立を認めるに十分でない。なお、証人今泉順次の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告が昭和三四年夏頃、訴外常陽信用金庫土浦支店より訴外会社の営業資金として金五十万円を借り入れるに際し、連帯保証をした事実が認められるが、大島が本件連帯保証契約締結の際、この事実を知つてこれにより、今泉に原告を代理する権限ありと信じた等この事実を代理権ありと信ずべき理由とする主張、立証はない。

以上のように被告のこの主張を認めるに十分な証拠がないのみでなく、かえつて、(証拠)および証人今泉順次、同大島梓の各証言に原告本人尋問の結果によると、

(1)被告会社の担当者大島梓は、訴外会社の資力について不安を懐いていたので、今泉との売買交渉の過程において、訴外会社の負担する代金債務について原告と、今泉両名の個人名義の連帯保証と、売買代金の割賦金のために振出される約束手形は、訴外会社と原告の共同振出とするよう要求していたにもかかわらず、今泉から交付された額面合計金二百五十五万一千四百八円の二〇枚の約束手形はいずれも訴外会社の単独振出であつたが、被告はこれに対し特段の異議を言うこともなく受領した。

(2)前記大島は、本件契約書の原告名下に押捺された印鑑は訴外会社の登記、登録等の申請に使用されるもので、原告の実印でないことを知つていた。

(3)前記大島は、連帯保証について原告の信用能力を調査しながら、代理権授与の点について原告に対し面談又は電話、書面によつて確認した事実もなく、しかも大島がこのような手段をとるについては、原告が今泉と同じ市内に居住しているのであるから左程の難事でもない。

との事実が認められ、この事実によるときは被告が今泉に原告を代理して連帯保証契約を締結する権限があると信ずるについて正当な事由はないと判断するのが相当である。

以上判示したとおり、本件連帯保証契約は、有効に成立したものとは認め難いので、本件連帯保証債務の不存在の確認を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、被告の右債務の履行を求める反訴請求は失当として棄却することとする。

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